「ポーランドへ行こう!8日間」
クラクフから1時間30分でオシフィエンチムに到着。
今日は、アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所の中を見学します。
天気のせいでもありますが静かな暗い街でした。でも観光地化はしていました。
写真を撮影できるところと禁止の所があり、私の脳裏に焼き付いているのは写真には残せない部分でした。
入場する受付のところには、大勢の学生たちがいました。きっと社会勉強に来ているのだと思いました。歴史に刻まれた貴重な場所ですから。
約1時間30分の見学になります。イヤホンガイドに耳を傾けて歩きました。
敷地内は、騒然と並んだ建物があり、曇り空のように皆さんも無口で案内を聞いています。
収容所の建物内には撮影できる場所もあったのですが、見るに堪えない部屋がたくさんありました。ここはユダヤ人が持っていた食器類を没収し山積み保管してありました。ここだけ写真を撮りましたが、他はカメラを向けるのも失礼なようで。
いろんな部屋には山積みされた衣類・眼鏡・靴・鞄・日用品・貴金属・髪の毛・身ぐるみ剥がされたことが伺えます。思い出すのも辛い光景がそこにはありました。
建物の中から撮影した外の写真ですが、赤みがかった写真になっていました。
日焼け防止なのかもしれませんが、建物の中はヒヤリとした冷たい空間でした。
入れる建物がいくつかあり、案内されるがままに歩きました。皆さん無口です。
逃げ出さないように高圧電流が流れる有刺鉄線が張り巡らされています。
いくつもの監視塔も設置されていました。
ガス室も残っていました。どうしようかと思いましたが、目をつむってはいけないと思い、昨日行きたくないと言っていたツアー客の人たちも一緒に、思い切って入ってみました。やはり残虐な光景が目に浮かぶような生々しかったです。
こんな事は決して起こしてはならないと思います!
アウシュビッツ強制収容所からビルケナウ強制収容所までは3㎞ほど離れているのでシャトルバスで移動しました。
この風景を見て、「アウシュビッツ」の映画を見たことがあったことを思い出し、まさか本当にまだここにある事に驚きました。
この線路で家族の別れがあったことが、生々しく現実に残っていました。
1940-1945世界遺産に登録されています。
平地なので遠く向こうの林まで見ることが出来ます。
並んでいる収容所の建物も、後で見学に行きました。
ビルケナウ強制収容所の死の門の監視塔に入ることが出来ました。
日本人ガイドの中谷剛さんがお休みだったのですが、現地公認ガイドのおじさんが案内して下さり、好意で一緒に上がれたのです。
女性のポーランドツアーガイドさんも説明に聞き入ってました。
死の門から延びる線路がポイントで分岐し、3本に分かれているのが見えました。移住すると騙された人々が、貨物列車でここに送り込まれた場所です。
ビルケナウ強制収容所の敷地は広く、綺麗に整地されていました。
収容所の中は、生々しく当時のことが過ぎり鳥肌が立ちました。
アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所を見学して、各自思い思いの感情を秘めて専用バスに乗り込み、クラクフの街へと戻りました。 つづく・・